彦根の古い町並みを歩いてみよう ~築城当時の姿を今も残す湖畔の城下町~(滋賀)

城下町・武家町
城下町・武家町重伝建地区関西エリア

 琵琶湖の東岸に位置する彦根は、国宝の天守閣で知られる彦根城の城下町です。
 近畿・東海・北陸を結ぶ地点に当たることから、街道や水運を利用した交通の要衝として発展し、現在でも湖東地方の中心都市となっています。
 近くの佐和山にあった城が、江戸時代に入ってから移転して造られたのが彦根城で、この築城の際に城の周辺に堀などを作る土木工事が行われて、城下町の計画的な整備が行われました。

 町の各所に古い町並みが残る地区があって、特に城下町の外れに当たる河原町・芹町地区は、国の重伝建地区にも選定されています。

 この記事では彦根の町並みの見所や、実際に鉄道やマイカーなどで古い町並みを訪れるためのアクセス方法や駐車場について紹介しています。
 実際に訪れた際の訪問記も掲載していますので、こちらも参考にしてみてください。

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国宝の天守閣が残る、琵琶湖東岸の城下町

大規模な土木工事により、計画的に整備された町

本町(旧職人町)の町並み(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)

 琵琶湖の東岸、湖東平野に位置する彦根は、国宝に指定されている天守閣(全国に5か所しかない)が有名な、彦根城城下町です。
 近畿・東海・北陸を結ぶ地点に当たることから、北陸道などのいくつもの街道が通り、また琵琶湖水運の大拠点でもあるなど、まさに交通の要衝として発展した町。現在でも、湖東地方の中心都市としての存在感を保っています。

 この要衝の地の拠点として、鎌倉時代の初期には現在の市街地の東側に当たる佐和山に城が築かれ、戦国時代にはその周辺に城下町が形成されました。
 その後、江戸時代に入ってから、徳川家康の命により琵琶湖に近い彦根山に城が移されることになり、現在も残る三階三層の天守閣が建築されました。元々は、同じ琵琶湖岸の大津城天守閣を移築したものだと言われています。城郭のすべてが完成するまでには、20年の歳月がかかったとのことです。

 この移転に伴い、従来は沼地などが広がっていた城の周辺では堀などを作る大規模な土木工事が行われて、城下町の計画的な整備が行われました。
 その後、藩主となった井伊家の力(徳川家の筆頭家臣である、大老職に就いた)もあって、彦根は30万石の大藩の中心地として大きく発展することになったのでした。
 当時の町割りは今でも残り、築城当時の基本的な構造が今の彦根の町にもそのまま受け継がれています。

市街地の各所に残る、城下町の町並み

 彦根の町には、古い町並みが残る地区が何か所か存在していて、中でも河原町・芹町地区は、国の重要伝統的建造物群保存地区 (重伝建地区)にも選定されています。
 ここでは、それらの古い町並みのうち、主に三か所の地区について紹介します。

本町・城町地区

城町一丁目(旧下魚屋町)の「魚屋町長屋」
城町一丁目(旧下魚屋町)の「魚屋町長屋」の風景(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)

 かつての城下町の面影をよく残しているのが、城の南側に当たる本町(旧上魚屋町)から城町(旧下魚屋町)の辺りです。

 ここは城の中堀と外堀の間に当たり、旧の町名からわかるとおりに数十軒にも及ぶ魚屋が集められていた町人町の区域でした(琵琶湖から、直接船で魚などの物資が運ばれてきたようです)。周囲にはほかに、職人町や桶屋町、薬屋町などもありました。

 この区域には今でも、旧広田家住宅(江戸時代後期の魚問屋) や吉川家住宅などの、見事な町家が残されています。

城町一丁目(旧下魚屋町)の旧広田家住宅(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)

善利組足軽屋敷群

善利組・太田家住宅
善利組・太田家住宅(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)

 外堀(現在は県道2号線「昭和新道」)のさらに南側となる芹橋地区は、かつて「善利組」と呼ばれた足軽組の屋敷が集められていた場所で、ここには現在も数軒の足軽屋敷が現存しています。
 城下町の一番外側にこのような地区を配置することで、城と町を守る防衛線の役目を持たせていました。

 地区内には、食い違いの設けられた通りが縦横に張り巡らされた独特の町割りがそのまま残されていて、通りを監視するための「辻番所」があった旧磯島家住宅など、防御拠点としての名残を伝える貴重な文化財が残されています。

「辻番所」が残る磯島家住宅(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)
(辻番所内からの眺め)

河原町・芹町地区

彦根・河原町の町並み
河原町の町並み(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)

 実は、彦根の町でもっとも大規模に古い町並みが残っているのが、城下町のほとんど外れにあたる芹川沿いの河原町・芹町地区です。

 近江鉄道のひこね芹川駅に近いこの辺りは、城下町と中山道を結ぶ経路として、多くの人や物が行き来することで発展した地域です。元々は、芹川の流路の一部だったらしく、城下町の整備に伴ってこの辺りにも町が生まれたようです。

 銀座町の交差点以西の銀座商店街では、1960年代ごろに道路の拡幅など大規模な整備が行われたのに対し、交差点より東側のこの辺りは町が昔のままに残されたことから、多数の町家などが連なって建ち並ぶ、見事な景観が見られます。
 明治以降にも繁栄が続いたことから、旧川原町郵便局舎などの洋風建築もいくつか残されています。
 
 2016年には彦根市内で唯一の、国の重要伝統的建造物群保存地区 (重伝建地区)にも選定されました。

芹町の町並み
芹町の町並み(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)
旧川原町郵便局舎(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)

新しい「古い町並み」 夢京橋キャッスルロード

夢京橋キャッスルロードの風景(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)

 彦根城の南側の堀にかかる京橋の先に、「夢京橋キャッスルロード」という大通りが伸びています。一見、白壁と格子窓が見事な町家が立ち並ぶ、古い町並みが続いているように見えるのですが、実はこちらは大規模な再開発によって1999年に誕生した商店街。これらの町家も、すべて新たに建てられたものだったりします。

 しかし、その造りはかなり本格的なもので、実際歩いていても城下町らしい風情が感じられるほどです。
 古い町並みが残る本町・城町エリアにも隣接しているので、建物を見比べながら散策してみるのも面白いと思います。

アクセス方法

河原町の町並み(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)

鉄道利用の場合

本町・城町周辺へのアクセス

 町の玄関口となっているのが、JR東海道本線(琵琶湖線)と近江鉄道本線が乗り入れる彦根駅です。
 大阪からだと、彦根までは新快速電車を利用して1時間20分、運賃は1,980円です。新快速の運転本数は1時間に2本程度ですが、他にも快速や普通電車も運転されています(所要時間は20分ほど余計にかかります)

 東京・名古屋方面からの場合は、東海道新幹線の米原駅で東海道本線に乗り換えて所要時間は5分、運賃は190円です。ただし、米原駅にはひかりの一部かこだましか停まらないので、停車する列車は1時間に2本程度と少なめです。
(2026年2月現在)

 彦根駅から本町・城町や足軽屋敷群の辺りまでは2キロほどあり、徒歩だと20~30分ほどかかります。城下町の風景をあちこち眺めつつ歩けば、そんなに大変ではありませんが、彦根城の周囲を循環するバス路線などを利用することも可能です。
(城町へは滋賀大口、本町へは京橋口のバス停が最寄り)

https://www.ohmitetudo.co.jp/bus/access/hikonejo/
(近江バス・湖国バスの案内サイト)

河原町・芹町へのアクセス

 河原町・芹町の場合は近江鉄道本線のひこね芹川駅が最寄りとなり、駅のすぐそばから古い町並みが続いています。
 駅から出発して重伝建地区をすべて歩いても、1キロほどの距離となっているため、アクセスは大変良好です。

 ひこね芹川駅までは、彦根駅から近江鉄道本線で約3分、運賃は160円です。運転本数は1時間に1本程度となっています。
(2026年2月現在) 

マイカー利用の場合

名神高速道路の彦根インターチェンジが最寄り

 町のすぐ東側を走る名神高速道路の彦根インターチェンジが最寄りで、インターから彦根城の辺りまでは約3キロ、所要時間5分ほどとなっています。

彦根城周辺の観光駐車場が利用できる

 彦根城の周辺には二の丸駐車場、大手前駐車場、京橋口駐車場などの観光駐車場が整備されています。
 中でも本町・城町の町並みに近い京橋口駐車場は普通車160台が駐車可能で24時間営業となっています。

https://www.hikoneshi.com/access/parking
(彦根観光協会サイトの駐車場案内)

 河原町・芹町については観光用の駐車場はないため、コインパーキングなどを利用することになります。
 商店街に面して入り口のある「ニッシンパーク大安駐車場」というところが比較的大規模で便利なようです。 

 

城下町の入り口から、お城のそばまで ~彦根の三つの町並みを歩く~

近江鉄道で、初めての芹町・河原町へと

 彦根の町が昔から好きで、何度も訪れています。
 単に昔栄えた城下町だからというだけではなく、今でも大津と並ぶ滋賀の中心としての風格が感じられる(県の中心都市の象徴として、滋賀大学の経済学部や彦根地方気象台があったりしますね)のが良いのですね。さすがは井伊家の治めた大藩の城下町です。
 もちろん古い町並みを歩くのも好きで、さらには再開発で作られた古い町並み風の商店街、「夢京橋キャッスルロード」も、なかなか良くできていて楽しいです。
(さらに「大正風」がコンセプトの「四番町スクエア」という商店街もあります)

 ところが、河原町・芹町地区が重伝建地区に選定されたとき、
「ここは歩いていない」
 ということにようやく気づきました。見落としもいいところですが、いつもお城の周辺ばかり歩いていたので、城下町の外れに近いこの辺りは訪れる機会がなかったのでした。

 そこである日、今度は芹町地区へと直行すべく、彦根駅から近江鉄道に乗って最寄りの「ひこね芹川」駅へと向かいました。
 実はこの駅自体を知らなかったのですが、2009年に開業していた新駅のようでした。
 電車を降りてほんの少し歩くと、さっそく重伝建地区に到着します。旧石橋家住宅などの残るこの辺りが芹町で、かつては芹川の流路の一部だったという通りをずっと歩いていくと、その先が河原町の町並みとなります。

 立派な町家や洋風建築がずらりと並ぶ景観は見事ですが、整然と区画された城下町の中心部に比べると、どこか親しみやすい感じもします。明治以降も繁華街としてにぎわったという歴史も、そう感じられる理由なのかも知れません。

芹町・旧石橋家住宅(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)
ひこね芹川駅に停車中の近江鉄道の電車(人気だった「赤電」、2025年11月に引退)

貴重な昭和の商店街、そして二つの古い町並みへ

 銀座町の交差点を超えると、そこから先は1960年代に道路の拡幅整備が行われた銀座商店街となって、古い町並みは終わりになります。
 ところがこの銀座商店街、同じつくりの耐火建築が通りの左右にずっと続くという「防火建築帯」として整備されていて、全国屈指の規模。昭和中期の商店街の景観として次第に貴重になりつつあるもので、実はこちらも一見の価値があるものとなっています。
 このような、歴史の重層性も彦根の魅力と言えるかもしれません。

銀座商店街の風景滋賀県民の台所、「平和堂」の1号店今でも営業中

 この辺りからは、善利組の足軽屋敷群がもう目と鼻の先です。せっかくここまで来たのだからと思い、こちらも見ていくことにします。
 明らかに他の地区とは異質な、細かい格子状の街路を歩いて、「辻番所」が残る磯島家住宅へ。ここは一般公開されていて、屋敷の中を見学することができます。面白いのが「辻番所」の中で、通りを監視していたという窓から、実際に外を眺めることができました。

 ここで地図をもらって、吉居家や太田家などの他の足軽屋敷も見て回ります。狭い路地が縦横にいくつも走るこの地区では、たとえ地図を見ながら歩いていても、居場所を見失ってしまいそうでした。

 今回はあくまで、主に河原町・芹町の町並みを歩くつもりで彦根までやってきたのでした。でも、もはやお城の近くまできていて、夢京橋キャッスルロードや本町もすぐそば。帰るにしても、「ひこね芹川」駅よりも彦根駅のほうが近いぐらいです。
 それなら、本町の町並み辺りも少しだけ見て行こうか、ということにしたのでしたが、それで終わりになるはずもなく。
 夢京橋や四番町スクエアを歩いて、さらには本町(旧上魚屋町)を超えてさらに西側の城町(下魚屋町)の辺りまでと、結局はがっつりと城下町の町並み歩きを堪能してから帰ることになったのでした。

善利組足軽屋敷群・吉居家住宅(画像クリックでこの場所のGoogleMapが表示されます)
(城下町を見下ろす、国宝彦根城天守閣)
(近江牛の焼肉丼、四番町スクエアにて)


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