県域を横断するように東海道が通り、東京と名古屋・関西方面とを結ぶ重要な交通路の地として、古来から栄えたのが静岡県です。
気候が温暖なことでも知られ、工業や農業などの産業も盛んなことから、人口も約360万人を数えます。
その結果というべきか残念ながら開発が進んでしまい、たとえば東海道の宿場町は、並行する中山道ほどには古い町並みが残っていないという状況です。
しかしもちろん静岡県にも、訪れる価値のある歴史的町並みがいくつもあります。この記事では、静岡県内に今も残るバラエティー豊かな古い町並み5つを取り上げて紹介します。
下田温泉 下田ベイクロシオ
花沢(焼津市)
古代の東海道に沿って家屋が並ぶ「花沢三十三軒」
焼津市街の北方の山間に位置する集落で「花沢の里」とも呼ばれています。谷川に沿って続く狭い道に面して、黒い下見板張りの家屋が建ち並びます。
立派な石垣の上に作られた長屋門もいくつか見られて、静かな山中にこのような集落が残っているのには驚かされます。
かつては「花沢三十三軒」と呼ばれ、現在でも集落の規模は大きくは変わっていません。
日本坂峠へと至るこの狭い道は、中世の頃までは東海道に当たる街道だったと言われ、後に宇津ノ谷峠回りに東海道のルートが変わってからも、交通の要衝という立地を生かしたお茶やみかんの栽培で栄えました。
静岡県では唯一、国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区)に選定されています。
焼津温泉 ホテルアンビア松風閣
山中の秘境のように見えて、意外に市街地に近い
山あいに小さくまとまった集落で、その風景はまるで秘境のようにも見えますが、実は焼津の市街地から近くて、焼津駅から自転車でも三十分ほど。
高速道路や新幹線が走る平地から、ほんの少し山側に入るだけでたちまち全く別世界に変わるというのは、なかなか面白いロケーションですね。
宇津ノ谷(静岡市)
東海道の風情を伝える「間の宿」の集落
東海道の、静岡市とその西隣の藤枝市岡部町の境目にあたる場所に「宇津ノ谷峠」と呼ばれる峠があって、古来から交通の要衝として知られてきました。
宇津ノ谷はその峠の登り口にある集落で、旅人が休息する「間の宿」(いわゆる東海道五十三次には入らない)として発達しました。
現在の国道1号線は、この峠の東側をトンネルで抜けているため、旧道に取り残された形になった宇津ノ谷の集落は、かつての東海道の宿場町の様子を偲ばせる風情を良く残しています。
峠に向かう坂道に沿って、かつての屋号を記した看板を掲げた伝統的な家屋が並ぶ様子は、一見の価値ありです。
現在でもなお重要な交通ルート
宇津ノ谷峠には、明治から平成までの各時代に造られた4つの車道トンネルが残ることが知られています。
交通量の増加に合わせて、何度もトンネルを掘りなおしたことからこのような結果となったのですが、ここがいかに重要な交通ルートであったかが分かります。
このうち「明治のトンネル」は日本初の有料トンネルと言われています。
レンタカー比較といえば、たびらいレンタカー
遠州森町(静岡県森町)
太田川沿いに昔ながらの市街地が続く、「遠州の小京都」
「森の石松」の出身地としても知られる森町は、太田川沿いに昔ながらの風情を残す市街地が続く様子から「遠州の小京都」と呼ばれていて、2012年には「全国京都会議」にも参加しています。
三島神社、天宮神社や蓮華寺などの神社や寺院も数多く残り、400年以上の歴史を持つ天宮神社の奉納舞楽は無形文化財に指定されています。
また、江戸時代には古着の町として全国的にその名を知られ、古着の取引価格に影響を及ぼすほどの力があったと言われています。
古い町並みが最も良く残っているのが、町を見下ろすような小山に建つ三島神社周辺の中心市街地と、そこから太田川をさかのぼった辺りにある「城下」地区。
秋葉街道沿いに続く城下の町並みは、家屋が通りに対して少し斜めに向きに建っている「ノコギリの歯」状となっていることで知られ、現在でも森町が保有する旧藤江家住宅などにその様子を見ることができます。
天竜浜名湖鉄道が利用できる
文化財級の設備が多数残ることで人気の第三セクター鉄道、天竜浜名湖鉄道(旧国鉄二俣線)の駅があるので、鉄道を利用して訪れることも可能です。
新幹線が停車する掛川駅で乗り換えて、約25分ほど。1時間に1~2本ほどの列車があります。運賃は480円です(2023年1月現在)
なお、「遠州森」駅のある中心市街地(「戸綿」駅も利用可能)から、城下地区までは片道3キロほどの距離があるため、徒歩だとちょっと大変です。バスもありますが、本数は限られます。
訪れる際は、帰りの列車に乗り遅れないように十分に余裕を見ておきましょう。
天然温泉 茶月の湯 ドーミーインEXPRESS掛川(ドーミーイン・御宿野乃 ホテルズグループ)
伊豆下田(下田市)
ペリー提督の一行が歩いた通り
伊豆半島の南端近くにある下田は、「サフィール踊り子」などの観光特急が走る伊豆急行線の終点ということで、東京方面からの観光客にも人気の高い町です。
金目鯛で知られる漁港の町でもあります。
江戸時代には、下田奉行が置かれた幕府の直轄地(天領)でした。
日本最初の開港場として、市内の了仙寺がペリーとの交渉の舞台となったことでも有名です。
その了仙寺のそばにあるのが「ペリーロード」の町並みで、ペリー提督たちの一行が歩いたことからこの名がついたようです。
元々は花街だったということで、平滑川の水路沿いに古い建物が並んでいます。柳の並木が印象に残る風景でした
ガーデンヴィラ白浜
市街地の各所になまこ壁の建物が
「ペリーロード」以外にも、町のあちこちに立派ななまこ壁の建物が点在しています。
特に、築170年という廻船問屋の「雑忠(鈴木家)」は驚くほどに見事ななまこ壁が見られる立派な屋敷で、「下田まち遺産」の筆頭に選ばれるなどシンボル的存在となっています。
ちょうど伊豆急下田駅が市街地の北側、「ペリーロード」が南側となっているので、その間を往復する際に、これらの建物を見て回ることができるでしょう。
引佐渋川(浜松市)
知る人ぞ知る、秋葉街道沿いの集落
静岡県の古い町並みとしては、掛川市の遠州横須賀(城下町)や、西伊豆の松崎町のなまこ壁通りも有名で、どちらも訪れる価値があります。
でもこの記事では、知る人ぞ知るという感じの集落、「引佐渋川」を5選の最後として取り上げることにしました。
浜松市北区引佐町の山間エリアにあるこの渋川(鎮玉集落)は、都田川沿いの小さな盆地にある集落で、「シブカワツツジ」などの特有の植物が自生することで知られます。
古い町並みめぐりよりも、植物観察系でその名を知られる場所という感じです。
静岡県道47号と299号の交差する辺りを中心に、小規模ながら趣のある古い町並みが残ります。
秋葉街道に近く、かつては温泉場として栄えたこともあるようですが、2000年ごろに最後の温泉宿が廃業したとのことです。
日本に二つだけ現存する、日露戦争の凱旋門
渋川井伊氏の居城だった渋川城の跡が集落のそばにあり、「渋川のボダイジュ」に隣接して歴代井伊氏の墓所も残っています。
また、集落の南の外れには明治39年に建設された「凱旋記念門」が残ります。
これは、日露戦争に出征した住民の帰還を記念して造られたもので、レンガ造りのアーチとなっています。
同様の凱旋門は、当時日本の各地に造られましたが、現存しているものはこの渋川の凱旋門と、鹿児島県の山田凱旋門の二か所だけ。
非常に貴重な文化遺産だと言っても良いでしょう。
渋川寺野インターが利用できる
一見、非常に不便な場所にある集落のように見えますが、浜松いなさジャンクションで新東名高速道路から分岐する三遠南信自動車道の「渋川寺野インターチェンジ」が利用できるので、実はアクセスは簡単です。
ただし、公共交通機関での訪問は、ちょっと難しそうです。
訪れてみたい、東海エリアの古い町並み
東海エリアの古い町並み
郡上八幡の古い町並みを歩いてみよう ~水路と川が美しい城下町~(岐阜県)
伊勢河崎の古い町並みを歩いてみよう ~板壁の商家が残る「商人館」~(三重県)
津島の古い町並みを歩いてみよう ~天王川の水運で栄えた津島神社の門前町~(愛知県)
高山・三町の古い町並みを歩いてみよう ~観光客にも人気の飛騨の城下町~(岐阜県)