Episode6 |
|
盆地というのは、特殊な場所である。山地の中における貴重な平地なのであって、そこには町が生まれ、人が生活するための様々な機能が集中することになる。深い山を越え、町にたどり着いた者の目には、そこは都として写ったはずだ。 というわけで、今回は盆地の町がテーマである。盆地の中心都市というのは完結した世界を持っていて、そこがなかなか魅力的なのだ。たとえ人口規模は小さくても、風格があり、知名度の高い町がいくつもある。Episode2「沖島」の際にも触れたのだが、衛星都市やベッドタウンと呼ばれるような町とは対極に位置する存在だ。 大都市である京都を除けば、最も有名なのは何と言っても飛騨高山だろう。山中の都としては非の打ち所のない良い町で、僕も何度も訪れている。しかし、さすがにメジャーすぎていまさらの感もある。岡山県の津山や、福井県の大野も好きなのだが、今回取り上げることにしたのは三重県の伊賀上野、伊賀国の中心都市である。 奈良の天理から名阪国道(国道25号)に乗り、まずは上野インターを目指す。名阪国道は関西や名古屋の住民には馴染みの深い道路で、70キロの全線に渡って片側2車線の自動車専用、事実上は高速道路である。一応、普通の国道という建前になっていて、何と無料で走れるので、利用する人はかなり多い。日本で最もお得な道路なのだが、しかしこの道路、実は事故率も日本一なのだ。見た目は高速道路なのだが、実は道幅やカーブなどが高速道路の基準を満たしていないのである。特に天理から上野方面へ向かっての山越えは、すさまじいカーブだ。だから60キロ規制になっているのだが、みんな平気で120キロくらい出している。これでは事故が多発して当たり前である。合流レーンが全く無くて、普通に左折して本線に出なければならないサービスエリアなんてのまであって、ここから出るときはほんとに命懸けである。 そういうわけで、あまり走りたい道ではないが、便利なのでやっぱり使ってしまう。ちなみに、名阪国道に平行して、本来の国道25号線もまだ残っているのだが、こちらは一車線の幅しかない、逆の意味ですごい国道になっている。 さて、ちょっと脱線してしまったが、しかし事故を起こすことなく無事に山を越え、上野インターにたどり着くことができた。目の前に限られた平地が開け、その向こうに市街地が固まっている眺めは、まさに盆地の都だ。市街の北外れにある城址公園の駐車場に車を止め、町の散策を始める。立派な天守閣を眺めながらまず目指すのは、旧小田小学校本館である。前回にも触れた「擬洋風建築」の建物で、明治14年に建てられた三重県下最古の小学校建築である。塔屋部分の形や、その下のバルコニーがいかにも擬洋風建築らしくて面白く、好きな建物である。 城跡近くには、もう一つ明治期の学校建築がある。旧三重県立第三中学校の校舎がそれで、こちらは本格的な洋風建築であり、端整で美しい姿をした建物である。その代わり、旧小田小学校のような面白みはない。現在でも上野高校の旧館として使われているので、学校の敷地内にあり、あまり近づくことができなかったのが残念だった。それにしても、まさに名門校の象徴のような校舎である。そして同時に、この町の格の高さを象徴する建築物だと言っても良いだろう。第三中学校と同時期に開校した第一、第二中学校はそれぞれ津市と四日市市にあり、それらは上野よりも遙かに大きな町なのである。生徒も、町の住民も誇りに思って良いのではないだろうか。 余談だが、歌手の平井堅はこの学校の出身だそうだ。他には俳優の椎名桔平、さらには新感覚派文学の横光利一なんていうすごい人も輩出している。なかなか豪華である。 町の中心機能は城跡の近くにある上野市駅周辺に集中していて、商店街などもこの辺りにあるのだが、まずはより南側の旧市街を歩くことにする。城下町らしい町並みが残るエリアである。途中で、近鉄伊賀線の線路を越える。この伊賀線、上野の市街地の外周を環状に走っているのだが、わずか2キロほどの範囲内に駅が四つもあって、まるで市内電車のような趣がある。こんな辺りにも、町の風格が感じられて楽しい。「西大手」とか「広小路」とか、駅名もなかなか良い。せっかくだから、機会があれば後で乗ってみようと思う。なお、関西本線の伊賀上野駅は市街地からは遙か遠く、そこから伊賀線に乗り換えて、やっとここに来ることができる。 Chapter2へ続く |