Episode5 |
伊豆・松崎の岩科学校
|
建築散歩、と言うジャンルが近年一部で人気となっている。言葉の通り、町を歩いて古今の名建築を観察しようというもので、町並み訪問とは親戚のような関係にあるジャンルだから、僕もいくらか興味がある。特に好きなのは「擬洋風建築」と呼ばれる、明治初期に各地の大工が洋風建築を真似て造った建物だ。しかし所詮は雰囲気を真似ているだけなので、バルコニーの上に瓦屋根が乗っていたり、どこかアンバランスな感じが楽しい。松本の開智学校や松崎の岩科学校など、学校建築に特に多い形式でもある。「まちなみ街道」でも、伊賀上野や近江八幡(それにしても毎回のように出てきますね、この町は)などの擬洋風学校建築を紹介している。 と言うわけで、今回のテーマは建築散歩である。人気があるのはやはり、近代洋風建築の多い神戸や横浜辺りだと思うのだが、今回取り上げるのは富山県の小矢部市である。建築好きの方でも、小矢部? と首を傾げるかも知れない。しかしこの町は、知る人ぞ知る名建築のメッカなのである。まあ、知る人の数はあんまり多くないだんろうけど、それは僕の責任ではない。なお、今回は例の「愉快な仲間」二人が同行している。うち一人(「愉快E」と呼ぶ)は建築に興味があるとのことなで、少し活躍してもらうかも知れない。 さて、我々がまず最初に向かったのは小矢部の東にある高岡市である。富山県第二の町である高岡は人口こそ二十万人に満たないが、駅前には地下街があり、メインストリートを市内電車が走っていたりして、なかなか立派な町である。歴史のほうも、万葉集で知られる大伴家持が越中国の国守としてこの町に住んでいたというのだから、かなりのものだ。前田氏が築いた高岡城址はきれいな公園として整備され、18世紀以来の歴史を持つ高岡大仏は奈良・鎌倉と並んで日本三大仏の一つに数えられている。そしてこの町には、おなじみ重伝建地区に選定されている町並みがある。これだけ色々揃っているのに、知名度のほうは今ひとつのような気がするが、個人的には好きな町である。訪れるのもこれで三度目になるが、大仏と城址は以前に見ているので、今回は町並みがメインである。 高岡には「金屋町」と「山町」の二つの古い町並みがあるのだが、いずれも駅前のメインストリートの先、町の北西側にある。重伝建選定されているのは後者の「山町」のほうで、まず最初にこちらに向かうことにする。路面電車の線路に沿って車を走らせると、商店街の間を、小さな電車がゆっくり走って来る。ちなみに、人口十万人台で路面電車が走っている町は他にはなく、経営難から2002年に第3セクター化されている。 北陸というのは、独立した地方と見なされる場合もあるし、中部地方の一部として扱われる場合もある地域である。北陸地方として扱われる場合も、新潟が入ったり入らなかったりする。しかし現状としては、福井・富山・金沢の北陸三県で、小さいながらも一つの地方とするのが適当なのではないかと思う。歴史的には関西、それも京都の影響が強い地域であって、特に金沢などは京都の分家のようなイメージがある。しかしこの山町筋には、関西ではあまり見られない、蔵造りの建物が並んでいる。どちらかというと関東風で、川越とか佐原に近い感じも受けるが、こちらはあまりごてごてした感じがなく、シンプルだ。この辺りに京都の影響があるのかもしれない。違ったら謝るけど。 次は、金屋町。こちらは山町と違って、町家が建ち並ぶ町並みである。電線地中化や石畳舗装などの整備もされていて、一見こちらのほうが重伝建地区のように見える。ここまでやっている割に、観光客向けの宣伝などをほとんど行っていないのはもったいない気もする。ここは元々その名の通り鋳物職人の町であり、今でも高岡の特産物である銅器が作られている。ブロンズ像が通りに突然置いてあったり、銅製のマウスパッドが売られたりしているのも面白い。 こうして高岡の町並み巡りも一通り終わったところで、いよいよ本題の建築散歩へと向かう。国道8号線を30分ほどで、小矢部市の玄関駅である石動駅(「いするぎえき」と読む)に到着した我々は、ここで、市内にある名建築の数々が掲載されたパンフレットを入手した。読んでみると、建築物は市内の各所に散らばっていて、歩いて回るのは到底不可能だ。というわけで散歩とは名ばかり、実際には車で「建築散歩」を行うことになった。 まず最初の建物を目指し、車を走らせる。辺りは一面ひたすらただっ広い平野であり、その建築物はかなり遠くからでも目立って見える。やっと到着した我々を迎えたのは、大阪を代表する名建築、大阪市中央公会堂であった。中之島公会堂とも通称されるこの建物は、大正7年に株の仲買人、岩本栄之助氏の寄付によって建てられたものである。ネオ・ルネッサンス様式の傑作とされ、正面のアーチ部が特に印象的だ。 真っ白な公会堂を見上げ、無言で佇む我々三人の周りを、乾いた風が吹き抜けて行った。次回に続く。 Chapter2へ続く |