
20世紀繁華街

「20世紀繁華街」は「まちなみ街道別館」の一つとして、昔ながらのアーケードなどが残る商店街を紹介するサイトとして一時公開していました。途中からブログに統合したのですが、数か所掲載しただけで後が続かず。
今となっては存在しない、貴重な風景が残っていたりもしたので、改めて掲載します。
岡山県倉敷市玉島/通町商店街他(2008年11月)
倉敷市の玉島は、昭和40年代に合併で消滅した、かつての玉島市の中心部。長大なアーケード商店街がいくつも残りますが、その多くが繁華街の遺跡とでも言うべきものに姿を変えていました。昭和の名残を追う者にはまさに必見の町で、今でも辛うじてまだこの当時に近い風景は見られますが、写真1枚目のパチンコ屋などは現存せず。すべて消え去るのも時間の問題でしょう。




岐阜県岐阜市/柳ヶ瀬商店街他(2006年3月)
岐阜市は、言うまでもなく岐阜県の県庁所在地で、中心都市。昔ながらの繁華街である柳ヶ瀬エリアには、長大なアーケードが続く大規模な商店街がいくつもありました。しかし、再開発の進む岐阜駅前エリアや郊外型店舗との激しい競争にさらされていて、この2006年当時でも岐阜近鉄百貨店やパルコの閉店など苦しい状況。2024年になって、柳ヶ瀬最後の大型店舗だった岐阜高島屋も閉店してさらに苦しい状況のようです。
歓楽街としても、「柳ヶ瀬ブルース」でその名を知られましたが、こちらも大規模キャバレーがなくなったり、昔の賑わいはないようです。西柳ケ瀬の「スタープレイス」は七色のネオンが頭上に続く姿に感動しました。一時は消灯されていたようですが、2025年からは毎週土曜日に定期点灯する取り組みが始まったようです。



福岡県直方市/須崎町商店街(2007年9月)


直方は、筑豊炭田で採れた石炭の集積地として発展した町。昭和30年代以降、炭鉱の閉山により工業都市への転換を図り、商業拠点としての機能も持つことから、町としての大幅な衰退は免れていましたが、JR駅北側の商店街は苦戦気味のようでした。今はどうなってるのでしょうね。
滋賀県近江八幡市/京街道商店街(2006年11月)
八幡堀や新町通りなど、古い町並みがある一帯に隣接する商店街。JRの駅前に町の中心が動く以前は、この町の中心的な商業地だったのかもしれません。
商店街としては「京街道門前通り」として現存するのですが、このアーケードはかなり昔に撤去されてしまっていて、この当時の趣はほとんど残っていません。なので、この3枚の写真は今はもう見られない風景です。



兵庫県加古川市/寺家町商店街(2006年11月)
実は人口25万人を超える東播磨の中心都市、加古川駅前の中心市街地にある商店街で、その割にはちょっと寂しい感じもしたものの、暗い雨の中を歩き回ってここに帰ってきたときは、本当にほっとしました。アーケード商店街独特の、外から守られている感じは何ものにも代え難いと思うので、頑張って維持して欲しいですね。由緒ありげな名前ですが、この通りは旧西国街道のようです。



岡山県倉敷市/倉敷センター街他(2006年3月)
美観地区はあんなに賑わっているのに、駅と美観地区をつなぐこの商店街はほとんど観光化された雰囲気もなく、のどかな空気が漂っていました。倉敷駅前の三越も撤退し、この町の今後は前途多難に思えたのですが、幸いにしてその後、三越の跡地には地元の天満屋デパートが入りました。その後も何度か歩きましたが、一時よりは持ち直しているような気もします。大量の観光客が訪れる町だけに、うまく人を呼び寄せられるといいなと思います。



和歌山県橋本市/本町商店街(2007年3月)
和歌山と奈良の県境近くにある橋本市は、郊外の「林間田園都市」の開発が進み、近年発展著しい町。しかし、それはあくまで郊外の話で、旧市街の都心部は、まさに時間から取り残されたような様相を呈していました。
まさにその中心にあった本町商店街は、可動式のビニール製アーケードが設置された商店街だったのですが、あちこち痛んでおり、もはやシュールと言ってもよいほどの寂れようを見せていました。
ところが実は、ここは古い町並みとしてかなりのレベルにあり、アーケードを取り去って整備すれば、相当な景観になるだろうとも思いました(「思い出の町並み写真館」でも紹介しました)
その一方でこの風景がこのまま残って欲しいような気もするなあと思っていたのですが、結果的にどうなったかというと、この数年後に何と区画整理で地区ごと全部取り壊されてしまい、移設保存された数件の町家を除いては、何もかも消滅してしまいました。通りまで付け替えになったので、今や地図を見てもどこがどこなのかもはやわかりません。
商店街としては存続難しいとは思いましたが、まさか町並みごと消し去るとは、今でも和歌山県のやり方には驚くしかありません。お隣の五條新町が重伝建地区になったとのは、すさまじい落差なのでした。





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