Episode7 |
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あまりにも普通で、のどかな島の道
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港の小さな建物と、廃墟と化したリゾートを後にして、一昨日以来の島の道を行く。大崎下島における大長のような、町らしい町はないが、それでも一応メインストリートであるから、人家がそれなりに並んではいる。海岸線から離れたせいか、特に道がせせこましいなどと言った感じもなくて、開放的な雰囲気だ。天気は相変わらずそれほど良くはないが、空気は爽やかである。これほどにのどかなひとときというものは、都会ではそうそう手に入るものではない。 しばらく行ったところで、最初の目的地である塩飽勤番所にたどり着く。塩飽諸島は江戸時代、いずれの藩にも属せず、また天領でもないという珍しい自治領だった。人名と呼ばれる船方の中なら選ばれた、四人の「年寄」が交代で島を治めたのだ。ここはその年寄りが塩飽の行政を司っていた、役所に当たる場所である。さすがに立派な建物で、保存状態も良かった。(写真は、町並み写真館に掲載) やがて道は、再び海岸に出る。先ほど下をくぐってきたばかりの瀬戸大橋が、水平線を遮るがごとく横たわっている。すぐそばに見えてはいても、この島とは何の関係もない、交通の大動脈を見ていると、何かしら取り残されたような気分がしてくる。しかし、この疎外感は悪くない。島に来ているのだと言う実感がする。 ここからは、ちょっとした山越えとなる。ここを越えなければ、笠島集落にたどり着くことはできないのだ。というのもこの集落は、海に面した北側を除けば、三方全てを山に囲まれているという、いわば天然の要塞地なのである。この地理条件があったからこそ、塩飽水軍の本拠地として、長年繁栄することができたのだろう。東側にある城山の上には、その名の通り城もあったというが、早い時期に廃城になっている。 峠を越え、下り坂をしばらく行くと、前方にやっと笠島の家々が見えてきた。近づくにつれて、その町並みの実に見事であることが分かってくる。もちろん、事前にある程度のことは調べてきている。だから重伝建地区に選定されていることも知っているわけなのだが、ここまでの道のりとの落差があまりに大きいため、まるで幻を見ているかのようである。 集落に足を踏み入れると、世界が全く変わってしまった。面白いもので、歴史的町並みであるにも関わらず、都会に来たような気分になってくる。二十一世紀に生きる我々にしてからそうなのだから、江戸時代にここを訪れた旅人はさぞかし驚いたことだろう。道は狭く、非常に密度の高い空間なのだが、不思議と雑然とした印象は受けない。名のある城下町を思わせる、実に端整で品のある景観だ。もちろん修景の手はかなり入っているわけなのだが、人名たちの財力と、塩飽大工と呼ばれる職人の技が結びついて出来上がった町並みだと言えるだろう。 ゆっくりと町並みを散策したのだが、さすがに規模は小さいので、そんなに時間はかからない。それでも、笠島集落を後にする頃には、すっかりお昼の時間となっていた。さて、悲劇はここから始まった。お腹はすっかり空いているのだが、食事ができる店はおろか、食料を買えそうなところもまったく見あたらないのである。役場の出張所や郵便局など、島の中心機能が集まる泊の集落まで行ってみたが、休日なのが災いしたか、ここでも食べ物を入手することができない。隠し持っていたメロンパンを一人で食べ始めた愉快Bを非難したり、情けない仲間割れをしつつ、港の近くまで戻ってきたところで、パークセンターという施設を発見した。「うどん」という幟が立っている。何のことはない、最初から港付近を探せば良かったのである。昼食を求めてさすらい始めてから、二時間近くが経過していた。 食事を終えても、次の船が来るまでにはまだまだかなりの時間があった。もう充分に歩いたし、行きたい場所も特にない。我々以外に誰もいない港の待合所で本を読んだり、モバイルで文章を書いたり、猫と遊んだりして過ごす。静かな海にさわやかな風、二時間の待ち時間はいつしか過ぎ去って行った。それは下手なリゾート地で過ごすよりもはるかにゆったりした、心地よい時間であった。廃墟と化したリゾート施設が、ますます悲しげに見えたのだった。
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