Episode7 |
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常磐町通り、「潮待ち館」前
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次に、常磐町通りに向かう。この通りの町並みは特に見事で、海辺の集落独特のきわめて狭い道の両側に、入母屋造りの町家がずらりと並んでいる。それぞれかなり立派な造りではあるが、しかし一軒一軒の間口は狭い。まるで圧縮されたかのような密度の高さで、こんな風景はよそではまず見られない。ある種、ミニチュア的な面白さも感じられる。御手洗を代表する町並みだと言えるだろう。ここには観光案内所に当たる、「潮待ち館」という施設があるのだが、もちろん町家の建物を利用している。 恵比寿神社へと向かう途中で、懐中時計型の看板が楽しい、古びた時計屋さんに出くわす。ショーウインドーをのぞき込むと、部品が入ったガラスの容器が整然と並び、修理待ちと思われる時計の箱が積み上げられている。実はこの時計店、140年前に創業された、日本で一番歴史のある時計店なのだと言う。しかも、古い機械式時計の修理で、全国にその名を知られているらしい。なるほど、店内はアンティーク時計で一杯であった。かつて平福のたつのやで見かけた、振り子式のデジタル時計も見つけることができた。 「乙女座」という名前の昔の映画館や、立派な洋風建築の医院などが並ぶ通りを歩いて行くと、再び海辺に出る。港に向かって立つ恵比寿神社の鳥居は、ガイドブックなどでおなじみの眺めで、いわばこの島を代表する風景である。神社のすぐそばには、七卿落遺跡の民家が保存されている。かつて公武合体派に破れた三条実美らが、京から長州へと落ち延びる途中で滞在した処なのだが、自由に開放されていて、誰でも中に入ることができる。少し歩き疲れていた我々も、畳の上に上がって休憩することにした。窓から見える風景はあくまで明るく、縁側から入ってくる風は爽やかだ。ちょっと寄り道程度のつもりだったのだが、居心地があまりに良くてついつい長居してしまう。我々にとって、もはやここは遺跡でもなんでもなく、単に快適な休憩所なのであった。三条さんたちには悪いのだけど。 さらに海辺を行くと、前方に波止場と灯台が見えてくる。千砂子波止と呼ばれる、その石積みの防波堤は、江戸時代に造られた物だそうだ。それにしても、海の色のきれいなことには驚かされる。石積みで統一された辺りの風景と相まって、見事な景観となっている。考えてみると、和風ながらおしゃれな海、というのはなかなか珍しいのではないだろうか。少なくとも、ここにありふれた演歌は似合わないだろう。 海を眺めていると、またしても足と思考が停止しそうになるのだが、そろそろ時間のことも考えなければならない。のろのろと歩き出し、次に向かうのは、御手洗の町全体を見渡すことができるという展望台のある公園である。要するに、山へ登らなければならないわけだ。満舟寺近くの登り口から見上げると、かなり急な坂のようである。これはいかにもしんどそうだ。しかし、展望台がそこにある以上、登らなければ仕方がない。 登り始めると、やはりかなりきつい坂ではあった。しかし、周りは一面蜜柑畑なので、景色はきれいだし、甘い香りが漂ってきたりするのも悪くない。まあ、そうは言っても実際には息を切らせつつ必死で登ったはずではあるのだが、あまり記憶に残っていない。苦労した甲斐は十分にあって、展望台からの眺めはかなりのものであった。視界を遮る物は少なく、町の全体はもちろん、向かい側の島(そこは県境の向こう、愛媛県なのだ)もよく見えるのだった。 さて、山を降りたところで、古い標識を見つけた。標識マニア(こういうジャンルがあるらしいんです)の間で、「足長小学生」として珍重されている、戦後すぐに作られた形式のものであるらしい。その時はそんなことは知らなかったが、面白かったのでとりあえず写真を撮っておく。古い看板などは、元々好きなのである。しかし、これだけ町並みを巡ってると、色んなジャンルのマニアの人たちが喜ぶ物をたくさん見かけるように思う。郵便局とか、琺瑯看板とか、裸電球とか。 再び狭い通りを抜けて、常磐町通りへと戻った。潮待ち館の向かいにある食料品店で買ったみかんジュースは、疲れのせいもあってか、実においしかった。あの酸味の強い味は、オレンジジュースでは、決して得られないものなのであった。そう、みかんジュース。
Chapter3へ続く |